2018年11月04日

詩人って、何かカッコ良くないか?の巻

11月3日は、イレブンスリーとかゆー暴走族の日とか、関西では言われてるが、アホか、コラ! この日は、おばあちゃんの命日じゃい。ボケ。というワケで、始まったblogですが、今日はポエトリーリーディングについて書きくけこするぜ。

皆さんはポエトリーリーディングという表現を知っているか? 知らない人が大半だろう。この表現は、ステージ上で、詩を読むという表現なんだけど、様々な形態がある。ノイズとコラボしたり、映像を流したり、メタルバンドや、パンクバンドと一緒にやったり。元々は1950年代のビートニクから来ている。そして、火×頭×疾×斗も、また、その表現で、ステージに立っていた詩人なんよね。



ヒップホップというのも、これがルーツだと言われているが、パンクとも縁がないワケではない。ニューヨークパンクの女王と呼ばれているパティ・スミスは、元々、ステージでポエトリーリーディングをしていた詩人だったし、ロンドンパンクに、逆立てた髪と破れたTシャツという文化(笑)を広める事になったリチャード・ヘルは、詩人になりたくて、ニューヨークに来たのが始まりだったりする。そして、火×頭×疾×斗が影響受けたのも、ジョン・クーパー・クラークというイギリスのパンク詩人なのよ。



初期パンクの曲が多数収録されているCDの中に、ジョン・クーパー・クラークのポエトリーリーディングも入っており、それをよく聴いていた。もちろん、俺はアホやから英語なんか聞いて、何を言っているのか、なんて理解出来ないが、それでも、その空気感は十分に伝わる。曲なんかない。詩のみ。静まり返った場に、ジョン・クーパー・クラークの声だけが響く。たまに、客の笑い声も入る。そして、終わったら、雨のような拍手の音。歓声。18で、ギターを手にして、早々に挫折し、楽器は出来ないからステージになんか立てるはずないと思っていた自分に、ジョン・クーパー・クラークは、詩人という夢をくれた。結果として今、バンドをやっているのは、ポエトリーリーディングで、ステージに立っていた事がキッカケとなっている。

火×頭×疾×斗が、ポエトリーリーディングという表現で、ステージに立つ事になったのは、29歳の時だった。想いを寄せていた女性にフラれ、自暴自棄になり、酒を飲んではメチャクチャに暴れていた頃。常に拳を血まみれにして、周囲からはヤク中と思われていた時、当時、ライブハウスで働いていた先輩パンクスに、「おまえ、詩人になりたいんやったら、ステージに立ってみろや」と誘われた。「もし、ウケたら次もさしたるわ。ウケんかったら、これで終わりな」という条件で、初めてのライブ。これが、意外にウケた(笑) それから、パンクロック詩人と自らを称し、活動を始めたのよ。



しかしね、なかなか大変だった(笑) この表現、そんなに知られてねーからさ、地元では、「カズシットがおかしな事を始めたぞ」と陰で言われていた。その一方で、評価してくれた人もたくさんいたから、やって来れた。大阪に進出した時は、「楽器も持たんと何する気や?」と笑われた事もある(笑) もちろん、ライブ後は笑ってなかったが。酔っ払ったヒップホッパーたちに、邪魔された事もあったな。何を勘違いされたのか、政治的なイベントにも出された事もある(笑) 今となれば、全てが良い思い出だよ。マジで。

2018年、パンクロック詩人は、いったん、封印した。それは、パンクバンド、ダンビラの活動に専念するためだ。



だけど、俺の原点はいつも、これだと思っているし、シンガーというよりは、今でも、自分は詩人だと思っている。たった一人で、マイク一本で戦って来た姿勢は、これからも持ち続けたいし、それは、ずっと変わる事はないと思う。

と、まあ、こんな感じで締めたワケやけど、大体、ポエトリーリーディングについては理解できたか? まあ、世の中にはよ、色んな表現があるのよ。詩人として、大阪でライブ活動していた時、色んな表現をする人に出会ったよ。とくに、独唱パンクというシーンに関わっていた時は刺激的だったな。あの時、思ったな。これが正しくて、これが間違っているなんて表現はない!ってね。表現ってのは自由やし、何でもあり!やと思うのよ。合う、合わんは、あるけど、否定はあかんよな。そんな事したら、何も面白くない。色んな文化があるからこそ、表現の幅が広がり、面白くなる。つーワケで、今日はこの辺で終わります。ファッキン・バイバイ。
  


Posted by ★カズシット★ at 10:09