2018年11月08日

パンクが髪を逆立てるのは、重力に逆らうためだぜのぷ巻

夏休みとか、冬休みになると現れる期間限定の不良。あれは、マジ、意味が分からん(笑) ファッション雑誌に、『夏休み限定、校則破りファッション』みたいなのが出てるのを目にした事があるけど、まさか、あれを忠実に実践しているガキがいるとはな(笑) しかも、そいつらが、誰にも媚びねー不良を演じているとはね。時代も変わったものだよ。火×頭×疾×斗が十代の頃は、喧嘩に自信がないと、金髪にも出来なかったもんだ。金髪で、街うろついていたら、必ず絡まれる。喧嘩に自信がなく、それでも金髪にしたい者は、外国人のふりをするしか生きる道がなかったんだぜ(笑) そんな頃から見れば、今は天国かもな。黒スプレーや、ハサミ持った先公の制裁も受けたりしねーだろう? 本当にいい時代だよ。

火×頭×疾×斗は、ガキの頃は髪型には一切無関心だった。だって、ヤンキー違うし(笑) 髪型なんて、どーでも良かった。髪型にこだわるようになったんは、やっぱり、パンクになってからだよな。その頃は、自分で働いて得た金で、髪切りに行ってたし。やっぱよ、いきがるのは、親ゼニぢゃダメだよ(笑) ダセーやん。自分のやりたい事をやるには、全部、自分の責任でやる事さ。しかし、初めて、モヒカンにして家に帰って来た時の家族の反応は最高だったな。狂ったんか!と思われた事は間違いない(笑) すぐに、理解はしてくれたけどよ(笑) 想像してみな。今のあんたらの子がさ、モヒカンになって家に帰って来るシーンをよ。なかなか、刺激的だろ?(笑) その記念すべき人生最初のモヒカンの写真が、これ↓だよ(笑)





この時は自分自身がそのプレッシャーに負けて、その日のうちに切ってしまったのよ。「これで、仕事に行けない」ってな(笑) あの頃は、まだ頭の中がマトモだったんだろうよ。ちなみに、俺の髪型を年代でまとめてみたら、こんな感じになる。



とくに、三十代の頃のモヒカンは、気合入ってたな。まあ、当時はパンクバンド、ダンビラビラビラで、バリバリやったからな。







けどね、和歌山みたいな田舎町で、モヒカンとか、トロージャンとか、結構大変なんだぜ。まず、女子高生が集まってる前は通れない。あいつらは頭のレベルが低いからよ、ゲラゲラ笑いやがる。相手が男ならよ、何だよ、コノヤロウ、殺すぞ!ってなるけど、女にそんな事は言えない。だから、女子高生集まってるのを発見したら、道を変える事もあったぜ。公園のカップルに笑われた時は、男の方に向かって、殺すぞ!と言ったら、しっかり警察呼ばれました(笑) 刃物持ったモヒカンが暴れてるとか、メチャクチャな通報しゃがって(笑) 泣かすぞ!にすれば良かったな。台詞の選択は重要だぜ、クソッタレ。大阪を歩いていても、注目される事なんて、ほとんど無かったんだけど、さすがは、田舎町、和歌山だぜ。最初に、モヒカンをすぐに切ってしまったのも、こーゆー事が容易に想像出来たからだな。しかしながら、俺はパンクロッカーだ。へこたれるワケにはいかねー。一週間に2回、ケープスプレーを買いましたよ。職質率87%。警官に、X JAPANか?と言われた屈辱。合コン、見た目だけでアウト。つーか、よく参加したよな(笑) そんな日々を生き抜いて来たぜ、バカヤロウ。

けど、ダンビラビラビラが解散して、俺はケジメだと思い、トサカを切ったのよ。あの長さまで育てたのに、やはり、バンド解散ってのは、俺にとっては、それくらいデカイ事だったんやね。



しかし、ダンビラビラビラ解散後、少ししてから、FUCKIN'BULL SHITで、ボーカルをするようになり、さらに、ダンビラビラビラの残党(笑)で、阿修羅というバンドも始めるようになった。モヒカンをやめた理由がなくなった(笑) しかし、髪の毛というのは、そんなにすぐに生えるものではない。あそこまでのモヒカンを育ててただけに、また、一からやろうとは、なかなか思えず、しばらく、ボウズを続けた。



しかしながら、人間は飽きちまう生き物よ。何ら変化のないボウズに、俺自身、だんだん飽きてしまい、ある日、後ろ髪を伸ばすという奇行を思いつく。実はかつてもやった事があったのよね。それは、一般には弁髪という名称で呼ばれている。女ウケは非常に悪くなった。義理の妹にも、「お兄ちゃん、それはあかんと思うで」と言われたが、寧ろ、人からそう言われる程、火がついてしまうものである。



けど、ウケなかったとは言っても、一部の人には、こんな事をされていたりした。









完全に、オモチャにされとるやんけ。まあ、つまり、愛されていたんだよ。それに、色々とアレンジ出来るヘアースタイルだったという事だよ。弁髪は、元々はモンゴル民族の髪型で、彼らは戦いに行く際、兜をかぶるので、頭が蒸れないように、髪を後ろだけにしたという。俺がやっていたのとは、全く関係ない(笑) 清王朝が、中国を支配した際、中国全土に住む奴ら全員に、この弁髪が強要されたそうだ。弁髪を拒否したら処刑されたらしいぜ。怖ッ。しかしながら、弁髪にして、時が過ぎたある日、俺はとんでもない噂が流れている事を知る。「火×頭×疾×斗があんな髪型になったのは、モヒカンしたくても、ハゲて来て出来へんからや」。何や、それ! つーか、それこそ、処刑に値する噂だ。ま、まあ、・・・確かに、遺伝的な事を考えると、俺はヤバイ線上にいる。父も、母方の祖父も、ゲーハーだよ。どっちに転んでもアウト。しかし、それは、今ではない。バカヤロウ、こうなったら、モヒカンを復活させてやろうぢゃねーか。というワケで、ステージの崎ちゃんの力で、俺は少しずつ、少しずつ、モヒカンを復活させていったのだ。







弁髪のアレンジをすると見せかけて、トサカを少しずつ育てていくというやり方は、うまく行った。崎ちゃんには、そこまで言ってないけど、伝わったのだろう。本当に俺がやってほしいスタイルにしてくれていた。そして、2018年11月現在。



こんな↑感じだ。そりゃあ、あの時に比べれば、まだまだ、トサカは短い。けどね、火×頭×疾×斗は、これからも、どんどん、トサカを育てていくさ。どうせ、コノヤロウ、運命は決まってるんだぜ? それならよ、出来るうちに、もう一回、モヒカンとか、トロージャンとか、してやろうぢゃねーか!って思うだろ? 確かにパンクはハートだよ。ルックスじゃねぇよ。けど、やりたい事をやるのが、パンクだ!と、元祖ロンドンパンクのセックス・ピストルズ、ギタリストのスティーブ・ジョーンズは言ってるぜ。世間にどう思われようと、火×頭×疾×斗は、こうしたいから、そうするんだ。それでいいだろう。何の問題もない。髪は一本一本大切に。髪も資源です。それでは、今回はここまで。ファッキン・バイバイ。  


Posted by ★カズシット★ at 18:16